谷崎 潤一郎

Tanizaki Junichiro

小説家一覧に戻る

Ver:profile_182

谷崎潤一郎の本

只今、編集中

谷崎 潤一郎
(たにざき じゅんいちろう)

谷崎潤一郎写真

Page Top

人物 / 略歴

谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう)

東京都中央区日本橋人形町に生まれる。

1886年(明治19年)7月24日 ~ 1965年(昭和40年)7月30日

享年79歳。

参 照: 谷崎 潤一郎さん死去
(LINK先:姉妹サイト)追悼の森

◆ 略 歴

旧制一高英法科卒業。

東京帝国大学文科大学国文科中退。

在学中に和辻哲郎らと第2次「新思潮」を創刊し、処女作の戯曲「誕生」や小説「刺青」を発表。

自然主義文学全盛時代にあって反自然主義的な作風で、新進作家として文壇の寵児となった。

大正以来のモダニズムと、中世的な日本の伝統美を両端として文学活動を続けた。

晩年は、「過酸化マンガン水の夢」を皮切りに、「」、「瘋癲老人日記」などの傑作を発表。

ノーベル文学賞の候補には、判明しているだけで7回にわたって選ばれた。

1964年(昭和39年)、日本人で初めて全米芸術院・米国文学芸術アカデミー名誉会員に選出された。

1965年7月30日、腎不全に伴う心不全のため神奈川県湯河原町の湘碧山房で死去。享年79歳。

絶筆は「にくまれ口」「七十九歳の春」。

現在においても、近代日本文学を代表する小説家の一人として、評価は非常に高い。

特記事項

私生活では、1915年(大正4年) に石川千代と結婚(長女・鮎子をもうける)が1930年離婚。

1931年(昭和6年) に古川丁未子と再婚(1934年離婚)。

1935年(昭和10年)に元人妻の森田松子と3度目の結婚。

戦後、松子夫人とその妹たち四姉妹との生活を題材にした大作「細雪」(毎日出版文化賞、朝日文化賞受賞)を発表している。

◆ 代表作

◇ 『刺青』 - 1910年
◇ 『痴人の愛』 - 1924年~1925年
◇ 『卍(まんじ)』 - 1928年~1930年
◇ 『蓼喰ふ虫』 - 1928年~1929年
◇ 『春琴抄』 - 1933年
◇ 『陰翳禮讚』 - 1933年~1934年
◇ 『細雪』 - 1944年~1948年
◇ 『少将滋幹の母』 - 1949年~1950年
◇ 『鍵』 - 1956年
◇ 『瘋癲老人日記』 - 1961年~1962年

◆ A Related Words :
谷崎潤一郎記念館/谷崎潤一郎 作品/谷崎潤一郎 細雪/谷崎潤一郎 卍/谷崎潤一郎 陰翳礼讃/谷崎潤一郎賞/谷崎潤一郎 刺青/谷崎潤一郎 鍵/谷崎潤一郎 文スト/谷崎潤一郎 ナオミ/谷崎潤一郎 略歴/谷崎潤一郎 プロフィール

Mobile View / Desk Top